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Looking out of the Window 2008
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| 12月 二子玉川に新しく高層マンションが計画されてます。子どもたちが独立すればいずれはまたマンション生活に戻りたい、と思っていたので、夏頃から積極的に説明会・相談会には顔を出してきた。たしかに広さとか価格とか種々悩むところもあるし、(次男に「あなた専用の部屋を確保する必要ある?」と尋ねたら、「いや、いいです。それまでには結婚します」と。ひどい親ですね)実際には5、6年後くらいが希望だったけど、この立地とチャンスを取る方がいいかな、と考えて契約を決めた。完成は再来年5〜7月予定。 今から1年半かけて身の回りのスリムアップをめざします。 |
| 11月2日(日)〜3日(月) 成雅房のメンバーで沼津穴窯焼成に・・・先生たち主要メンバーは2日前から窯詰めなどの大変な作業をやってくださり、我ら金Bクラスの7名は火をつけて2日目からの参加です。2台の車に分乗して早朝に東京を出発、三島駅で新幹線組2人をピックアップしていざ窯場へ。火前は熱いので、木綿の長袖シャツに、軍手。タオルで髪と口もとをおおい、帽子も。サングラスまたはゴーグル装着・・・先生お奨めの「目出しタオル」なんぞをつけたら、もう立派なアルカイダ!!!記念の写真も撮ったけど、そのうち数年経って見たらきっと誰が誰だかわかんないんだろうなぁ。両手で薪を受け取り、30〜40cm四方の焚き口へポーン、ポーンとリズムよく放り込み、相棒がさっとふたを下ろす・・・そんな作業を15分おきくらいに繰り返して温度を上げていきます。窯の温度が上がるとふたを透かして中の赤い炎が見えてくる。交代で夕方まで作業し、夜の担当者と代わって夜はおかげさまで楽しい夕食。沼津港近くでおいしいお寿司をいただいてビジネスホテルに宿泊です。よく月曜は朝から同じ作業をこなしますが、そろそろ温度も最高点まで達し、後は温度のキープ、蒸気とか専門家の意見を聞きつつ薪の種類・本数を変えていく。まだあと丸1日は焚かなきゃダメみたいですよ。夕方東名が混まないうちに東京に戻りました。 窯出しは15日朝、また車で往復します。(後日談:大きな良い壺が完成!小物はいまいちだったし、志野茶碗もだめだったけど、やっぱりひと窯焚いても気に入ったものはなかなか、というプロの気持ちもわかる気がする。) |
| 10月3日(金)~5日(日) 典礼聖歌黙想会(第8回)のため軽井沢クララ修道会へ。終了後スタッフと中川神父様、オルガニストの木島先生と鈴木茂明先生ご夫妻の別荘に伺う。ワインとピザ、ポテトにおいしいソーセージで賑やかに食事をいただきました。祈りと歌で豊かな3日間を共に過ごしたあとは親しさもぐっと増します。 もう一晩黙想の家に泊まって、翌日神父様、神学生も一緒に車で東京へ戻りました。 |
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| 8月15(金)~23日(土) 「河合神父様と行く聖地イスラエル巡礼ツアー」に参加。 信者ではない夫も同行。イスラム教とキリスト教、厳密に言えばアルメニア教、エジプトコプト教等、複雑な宗教すべてが聖地とするエルサレムに始まり、カルメル修道会ゆかりのハイファ、ガリラヤ湖、ナザレ、経験のない気温40℃というマサダの要塞跡、死海写本が発見されたクムラン遺跡、死海での浮遊体験・・・毎日与ったミサを含めて9日間とは思えない中身の濃い度でした。河合恒夫神父様、ステラCorp. の千葉さん、現地ガイドの信夫さん、そして16名の参加者、気持ちのよいメンバーと共に他の旅行では味わえない豊かな深い経験をいっぱいしてきました。 帰宅した夜から、疲れのためか発熱、翌日曜日まで続いて、せっかく元気に過ごした旅行だったのに、2日で体重2キロ減。 |
| 7月13日(日) 学習院OBブラームス合唱団の本番。 杉並公会堂大ホールにて、プーランク「Stabat Mater」とフォーレ「Requiem」指揮は岩村力先生。 プーランクの作品は難しい! けど出来上がるにつれてその美しさと楽しさもわかってきます。本番は結構うまくいった、と思いますよ。 |
| 5月14日(水) 高輪教会をお借りして「詩編の会」主催で歌唱ミサと晩の祈りの集まり。今年度から中川神父様が上野毛に戻っていらっしゃり、本番当日だけでなく2週間前の高輪での練習にも参加くださり、心強い。この教会はオルガンの音がスピーカーを通して後ろから大きく聞こえるため、詩編を2人組で歌うときも、晩の祈りの先唱や共同祈願を唱えるときも、マイクを使わないとはっきり聞こえないので、ふだんマイク慣れしてない私たちには結構煩わしい作業。半年後は上野毛教会が使えるそうなので、慣れた場所とオルガンでこじんまりとできそうです。 |
| 4月16日(水) 新学期です。新規に始まる勉強や仕事・・・それは目の不自由な方達にとっても同じで、宮代会点訳サークルにも依頼がど〜んときました。現在関係している日本点字図書館、ヘレンケラー協会、ロゴス点字図書館からそれぞれ英語問題集が。以前からおつきあいのある南山大学で勉強なさった女性からはかねてから興味のあった著書が翻訳出版されたので読んでみたいと『苦悩する人間』という本(内容の難しい翻訳物にありがちな理解しがたい文章)、また筑波大学院で研究中のグループからはここ何年かお引き受けしている、欧米の養護施設の運営に関する英文報告書の点訳。それぞれの締め切りを少しずつずらして、5点の依頼を10〜12人でやります。ハードなスケジュールではあるけれど、やはり当てにしてくださってる方がいると思うとお断りしたくありませんから。1冊を点字入力し2回のプルーフをすませて、まとめ担当者が表紙や目次、奥付をつけて7〜10巻近いファイルに仕上げるまでに私たちは2、3ヶ月かかります。ということは、これでだいたい秋までの予定がびっしり詰まったということ。ガンバロ〜〜! |
| 4月9日(水) 毎年春と秋に実施されてきた京都・宇治での「典礼聖歌黙想会」。昨秋は指導者の鈴木先生のお怪我で中止となり、1年ぶりです(4〜6日)。日曜夜解散後、実家の両親と橿原神宮前のホテルで待ち合わせて、奈良・吉野の桜鑑賞旅行へ。宇治の修道院内も染井吉野、スモモ、アーモンドなどの満開の花を楽しみ、さらに7日は観光タクシーを手配して又兵衛桜、大野寺のしだれ桜、室生寺、長谷寺と、花曇りに小雨の混じり始める中を移動・・・ちょうど本降りになった頃桜井駅でお昼をすませ、吉野行きの近鉄に乗り込みます。近鉄吉野駅からはタクシーで中千本の旅館「宝の家」まで。この桜のシーズンは交通規制があり、中心街へはタクシーもマイカーも入れません。翌日は雨も上がり、荷物を預けて参道沿いのお店を眺めつつ、一目千本を楽しみ・・・実際、下千本は満開でしたが中千本から上はまだまだ蕾み。もちろん染井吉野はしっかり満開なんですよ。でも吉野山桜はつぼみのときから木全体がうっすらと紅色で、そのため山がふくよかな赤い色です。露天風呂から眼前にボオッと紅い山に白っぽい染井吉野がチラホラする様も素敵でした。そして8日(火)夕方の新幹線で西と東に別れて帰宅しました。最初旅行を億劫がってた母も、別れ際「よかったわ」と言ってました(いつもなんだけどね)。母にとっては、旅行は面倒だけど、車中や滞在先で私を相手にいろいろおしゃべりするのが楽しみみたいです。 |
| 2月14日(木) 2/8から13日まで、カナダ・ユーコンまでオーロラを見に行ってきました。夫と2人。息子夫婦がオーストラリアから帰国する日、入れ替わりに出国。バンクーバー経由でホワイトホースに飛び、そこから更に車で2時間たらずの Inn On The River と言うロッジに2泊。管理人兼食事担当はTrish & Royce の若い夫妻。4組が滞在できる本館に泊まり自室の北側の大窓から夜通しオーロラを待ちます。といってもなかなか現れないのよね。初日は失敗。一瞬「あっ、あれかな?今から始まる?」と思ったのもつかの間、あっという間に真っ暗闇・・・翌朝同宿の日本人夫婦(カナダ、ヨーロッパに複数回トライした強者らしい)に「昨夜はダメでしたね?」と確認したら「いえ、ちょこっと見えましたよ」と。うそぉ!どうも白く見え始めた、と思った小さなのがそうだったらしい。絶対にあきらめちゃダメ!と励まされて2夜めに。ところが夕食後から雪がちらちらし始めて、ダメかなぁ、と思いつつ2時半まで頑張ったもののベッドに入り眠りについた頃、ドアをノックする音、「見えてますよ」と例の奥様が(早朝出発でロッジを出かける前だったらしい)親切にも起こしてくださった!普通は北の空に見えることが多いんだけど(北極方面だからね)この夜は真上に、ちょうど天頂を半円に包むようにみごとな鮮やかな緑色の帯でした。 翌日Royce の運転で姉妹ロッジの Inn On The Lake へ移動。こちらは少し街寄りで大規模。宿泊客もアメリカから、メキシコから、でもやっぱり日本人が圧倒的に多い。湖はすべて1メートルもの厚い氷に覆われ昼間はスノーモービルで走り回れます。この夜は、白っぽいカーテン上のオーロラが何度も出ては消え、ユラユラと幻想的でした。翌日はしんしんと降り続ける雪で、結局現れませんでしたが、でも4夜のうち2回半(本人の意識がなかったから「半」)見えたのは上出来! 今回のツアーは「プライベート・オーロラ・in Yukon」といい、宿泊と飛行機が取れれば成立、あとは車の手配などしてくれるという個人レベルに近いもので、食事もしっかり付いてるし、毎夕ワインでゆったりと楽しむディナーも魅力だし(ただ飲むと食後眠らないようにするのがちょっとつらいけどね)なかなか楽しい旅行でした。 |
| 2月3日(日) 昨日長男の結婚式でした。上野毛教会で大瀬神父様の司式のもと、多くの人に祝っていただき、なんとかお天気にも恵まれ、披露宴会場の表参道レストランまでの道も心配した渋滞に遭わず、彼はやっぱりLucky Boy だなぁ、と痛感。2人は夜の便でオーストラリアへ出発。そしてその翌日の今朝の雪!一面真っ白ですよ!あの子達、東京でこんな事になってるなんて知らないんだろうなぁ・・・ |
| 1月20日(日) 長男の結婚式間近、花婿の母は特に忙しいわけでもないけど、ま、いろんな雑務は私のもとに来ます。夫は昨年までの病院勤務と異なり、毎日のように夕飯に帰宅するようになり(小さなクリニックでは勤務時間過ぎると居場所がないということか、自宅でごちゃごちゃ仕事をするようになって)、冬の日の短さもあり、Lizzy の散歩、夕食の支度と、なんだかせわしない。正直ちょっと、うっとうしい! 今日はMuffin の死からまる2年、午後動物霊園へ。 |
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| 1月6日(日) 暮れから息子2人は当直だの日直だので出たり入ったり、夫は新規に同僚の女医さんとスタートするクリニックの準備やら以前の病院から持ち帰った資料の整理に余念がありません。今日も年明け早々、クリニックの会員向け見学会&オープニングイベントで早くから出かけ、夜は打ち合わせで夕飯にも間に合わず・・・雇われ医師でありながら、同士のような、と言うことはその実、逆もまた真なりなんだけどね・・・ 毎年お正月に家族4人と1匹で写真を撮ります。長男が結婚となるとこのスタイルは今回で最後ですね、1人増えるか、1人減るか? |